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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)15598号 判決

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 上山一知

被告 大成火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 佐藤文夫

右訴訟代理人弁護士 赤坂軍治

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  第一次的請求

(一) 被告は原告に対し、一二四七万七〇〇八円及び内金九三六万円に対する昭和五九年五月三〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

(三) 仮執行の宣言

2  第二次的請求

(一) 被告は原告に対し、一一一七万三五三二円及び内金九三六万円に対する昭和六〇年三月二四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

(三) 仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  保険契約の締結とその内容

(一) 被告は損害保険業を営む株式会社であるところ、原告は、被告との間で、交通事故傷害保険普通保険約款(以下「交通傷害保険約款」という。)に基づいて後記(1)の交通事故傷害保険契約を締結し、また、原告が代表取締役を務める訴外株式会社つちやは、被告との間で、積立ファミリー交通傷害保険普通保険約款(以下「積立傷害保険約款」といい、同約款と交通傷害保険約款を併せて「本件約款」という。)に基づいて後記(2)ないし(5)の積立ファミリー交通傷害保険契約を締結するとともに、交通傷害保険約款に基づいて後記(6)の交通事故傷害保険契約を締結した(以下、(1)ないし(6)の保険契約をまとめて「本件保険契約」という。)。

(1) 被保険者 原告

保険期間 昭和五八年三月三一日から昭和五九年三月三一日

保険金額 一七〇〇万円

(2) 被保険者 原告

保険期間 昭和五五年一二月二七日から昭和六〇年一二月二七日

保険金額 五〇〇万円

(3) 被保険者 原告

保険期間 昭和五五年一二月二七日から昭和六〇年一二月二七日

保険金額 三〇〇万円

(4) 被保険者 原告

保険期間 昭和五五年一二月二七日から昭和六〇年一二月二七日

保険金額 二〇〇万円

(5) 被保険者 原告

保険期間 昭和五五年一二月二七日から昭和六〇年一二月二七日

保険金額 二〇〇万円

(6) 被保険者 原告

保険期間 昭和五八年三月三一日から昭和五九年三月三一日

保険金額 一〇〇〇万円

(二) 本件保険契約の内容をなす本件約款の要旨は次のとおりである。

(1) 保険者は、被保険者が日本国内において、次のア、イ等の事由により傷害を被ったときは、保険金を支払う(交通傷害保険約款一条、積立傷害保険約款一条)。

ア 運行中の交通乗用具(自動車、原動機付自転車等をいう。以下同じ)に搭乗していない被保険者が、運行中の交通乗用具との衝突・接触又は運行中の交通乗用具の衝突・接触・火災・爆発等の交通事故に起因して被った傷害

イ 運行中の交通乗用具に搭乗している被保険者等が、急激かつ偶然な外来の事故に起因して被った傷害

(2) 保険者は、被保険者が右(1)の傷害を被り、その直接の結果として、被害の日から一八〇日以内に後遺障害(身体の一部を失い、又はその機能に重大な障害を永久に残した状態をいう。以下同じ)が生じたときは、保険金額に別紙(1)後遺障害保険金支払区分表(以下「別表」という。)の各号に掲げる割合(以下「填補率」という。)を乗じた額を後遺障害保険金として被保険者に対し支払う(交通傷害保険約款五条一項、積立傷害保険約款一一条一項)。

(3) 保険者は、別表各号に掲げられていない後遺障害については、被保険者の職業、年令、社会的地位等に関係なく身体の障害の程度に応じ、かつ、別表各号の区分に準じ、後遺障害保険金の支払額を決定する。ただし、別表1項3号、2項3号、4項4号及び5項2号に規定する機能障害に至らない障害については、後遺障害保険金を支払わない(交通傷害保険約款五条二項、積立傷害保険約款一一条二項)。

(4) 同一事故により二種以上の後遺障害が生じた場合には、保険者は、その各々に対し右(2)、(3)を適用し、その合計額を支払う。ただし、別表7項、8項及び9項に規定する上肢(腕及び手)又は下肢(脚及び足)の後遺障害については、一肢ごとの後遺障害保険金は保険金額の六〇パーセントを限度とする(交通傷害保険約款五条三項、積立傷害保険約款一一条三項)。

(5) 被保険者が被害の日から一八〇日を超えておな治療を要する状態にあるときは、この期間の終了する前日における医師の診断に基づき後遺障害の程度を決定して、後遺障害保険金を支払う(交通傷害保険約款五条四項、積立傷害保険約款一一条四項)。

(6) 保険金を受け取るべき者が保険金の支払を受けようとするときは、保険金請求書及び保険証券に、①保険者の定める傷害状況報告書、②警察署又は消防署その他これに代わるべき第三者の交通事故証明書又は罹災証明書、③後遺障害保険金を請求する場合は傷害の程度を証明する医師の診断書、④その他保険者の要求する書類を添えて保険者に提出しなければならない(交通傷害保険約款二〇条一項、積立傷害保険約款二八条一項)。

(7) 保険者は、被保険者又は保険金を受け取るべき者が保険金請求の手続をした日から三〇日以内に保険金を支払う。ただし、保険者が特別な事情によりこの期間内に必要な調査を終えることができないときは、これを終えた後、遅滞なく保険金を支払う(交通傷害保険約款二一条、積立傷害保険約款二九条)。

2  保険事故の発生と治療経過

原告は、本件保険契約の保険期間中である昭和五八年一〇月三一日、自動二輪車を運転中に貨物自動車に衝突されて頚部神経根引き抜き損傷の傷害を受け(以下、右事故を「本件交通事故」といい、原告の受けた右傷害を「本件傷害」という。)、次のとおり一八〇日を超える治療を要した。

(一) 徳山病院

昭和五八年一〇月三一日から同年一一月一日まで入院

(二) 徳山中央病院

同年一一月一日から昭和五九年一月七日まで入院

(三) 高取整形外科医院

同年一月九日から同月三一日まで通院

(四) 俵山病院

同年二月一日から同年三月一三日まで入院、同月一四日から同年九月一二日まで通院

(五) 山口大学医学部附属病院(以下「山口大学病院」という。)

同年四月二七日通院、同年六月二一日から同年七月二〇日まで入院

(六) 京都市身体障害者リハビリテーションセンター附属病院(以下「京都リハビリ病院」という。)

同年一〇月一日から昭和六〇年二月一六日まで入院

3  後遺障害存否の判断時期

(一)(1) 原告の代理人福田恵一郎(以下「恵一郎」という。)は、昭和五九年三月末日、被告広島支店徳山営業所の小山栄蔵(以下「小山」という。)に対し、本件交通事故の日から一八一日目に当たる同年四月二九日に被告に対して後遺障害保険金の支払請求をするため、請求手続に必要な書類の交付の申入れをしたところ、小山は、①被害の日から一七九日目の医師の診断に基づき後遺障害の残存する蓋然性を決定して後遺障害保険金を支払うなどということは知らないし、そのような取扱をしたこともない、②慣行に従い治療が完了するまで後遺障害保険金は支払えない、③原告からは一八一日目に後遺障害保険金の支払請求手続があったのと同様の取扱をする旨回答したため、恵一郎は被告の都合も考えて小山の右申入れに同意した。

小山は右当時被告の代理権を有していた者であり、右時点において、原告と被告との間には、①被告は、原告の治療が完了して症状が固定した後の後遺障害の内容・程度に基づいて、原告に対し後遺障害保険金を支払う、②被告は、被害の日から一八一日目に原告から後遺障害保険金の支払請求手続があったものとして、原告に対し右一八一日目の三〇日経過後(昭和五九年五月三〇日)から右①の後遺障害保険金に遅延損害金を付加して支払う旨の合意が成立した。

(2) 仮に、右時点において合意が成立していないとしても、後記4(一)の交渉経過に照らせば、遅くとも昭和六一年四月二二日までの間には、原告と被告との間で、原告の症状が固定した後の後遺障害の内容・程度に基づいて、被告が原告に対し後遺障害保険金を支払う旨の明示又は黙示の合意が成立したものである。

そして、右(1)、(2)のいずれの場合であっても、原告の後遺障害の内容・程度及びこれについての填補率は後記4のとおりである。

(二) 仮に、右(一)(1)、(2)の合意がいずれも成立しなかったとしても、被告は、本件保険契約の内容をなす本件約款の規定に基づいて、原告が被害を受けた日から一七九日目の医師の診断に基づきその後遺障害の程度を決定し、原告に対して後遺障害保険金を支払うべき義務を負うものであるところ、右一七九日目の医師の診断をもとにしたとしても、原告の後遺障害の内容・程度及びこれについての填補率は後記4のとおりである。

4  後遺障害の内容・程度とこれについての填補率

(一) 原告の本件傷害は、昭和六〇年二月中旬ころ左上肢の機能障害とカウザルギーという二種の後遺障害を残して症状が固定したので、原告は、同月二二日ころ被告に対して後遺障害保険金の支払請求手続を行い、同保険金の支払額について被告と交渉を重ねた。その結果、昭和六一年四月二二日、原告と被告との間に、(1)カウザルギーについては填補率を四二パーセントとして確定する、(2)左上肢機能障害については暫定的に填補率を二六パーセントとするが、後日鑑定人が右暫定的填補率を上回る数字を提示するか、又は本件交通事故の加害者を被告として原告が山口地方裁判所徳山支部に提訴していた損害賠償請求訴訟(以下「別件訴訟」という。)において右暫定的填補率を上回る鑑定結果が出されたときには、これに従って改めて填補率を確定して、被告が原告に対し不足額を支払う旨の合意が成立し、同年五月一四日、被告は原告に対して、右(1)、(2)の填補率を合計した六八パーセントに相当する後遺障害保険金二六五二万円を支払った。

しかるところ、別件訴訟において、原告の左上肢の機能障害についての填補率を五〇パーセントとする鑑定結果が出された。

(二) 仮に、右合意が成立しておらず、左上肢機能障害の填補率はもとより、カウザルギーの填補率も確定していないとしても、原告には右二種の後遺障害があり、その内容・程度に照らすと、左上肢機能障害の填補率は前記のとおり五〇パーセントとすべきであり、また、カウザルギーの填補率は次のとおり四二パーセントとすべきである。

(1) カウザルギーは別表各号に掲げられていない後遺障害であるから、本件保険契約に従い、「身体の障害の程度に応じ、かつ、別表各号の区分に準じ」、後遺障害保険金の支払額が決定されることになるが、その際には、被告をはじめ各損害保険会社が大蔵省の指導承認のもとに使用している損害査定要領の「傷害保険後遺障害認定の手引」(以下「手引」という。)に従ってこれを決定すべきである。すなわち、本件保険契約の締結にあたり保険契約者である原告としては、別表に掲げられていない後遺障害の認定については被告になんらかの基準があり、これに従って後遺障害保険金が決定されるものと期待するのが自然の成り行きであるところ、被告が別表に掲げられていない後遺障害の認定について手引を基準にしていることは明らかであるから、このような原告被告双方の意思ないし期待に照らせば、本件保険契約の締結にあたっては、別表に掲げられていない後遺障害の認定について手引を基準にすることが黙示的に合意されたものというべきである。

ところで、手引においては、別表に掲げられていない後遺障害については、当該後遺障害に対する労働者災害補償保険法施行規則(以下「労災保険規則」という。)の別表第一障害等級表(以下「労災保険障害等級表」という。)所定の障害等級を基準に、同表の一級に該当する後遺障害についての補償日数一三四〇日を一〇〇パーセントとし、各等級の補償日数にほぼ対応した百分率を当該等級に該当する後遺障害の填補率と定めた労災保険等級読替表を使用して填補率を算出するものとされているが、原告のカウザルギーは、少なくとも労災保険障害等級表の七級に該当するものであるから、労災保険等級読替表によると、その填補率は四二パーセントになる。

(2) 仮に、手引を基準にすることが黙示的に合意されていなかったとしても、本件保険契約の内容をなす本件約款においては、労災保険障害等級表の一級に該当する後遺障害についての補償日数一三四〇日を一〇〇パーセントとし、各等級の補償日数にほぼ対応した百分率(例えば、七級に該当する後遺障害では補償日数が五六〇日であるから百分率は四二パーセントになる。)を当該等級に該当する後遺障害の填補率とするという基本的な考えのもとに、別表各号に掲げる後遺障害の填補率を定めているものである。したがって、右約款の基本的な考えに則り、本件約款の文言どおり、身体の障害の程度に応じ、かつ、別表各号の区分に準じて填補率を算出するとしても、原告のカウザルギーは労災保険障害等級表の七級に該当するものであるから、その填補率は少なくとも四二パーセントになる。

(3) 仮に、右(1)、(2)の主張が認められないとしても、本件保険契約の内容をなす本件約款においては、この約款に規定のない事項については日本国の法令に準拠する旨定められているところ(交通傷害保険約款二五条、積立傷害保険約款三五条)、身体障害の補償に関する日本国の法令である労働基準法、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)等に照らせば、原告のカウザルギーは少なくとも労災保険障害等級表の七級に該当するものであるから、その填補率は少なくとも四二パーセントになる。

5  填補率の加算

右のとおり、原告には左上肢機能障害及びカウザルギーの後遺障害が残り、これらに対する填補率は、左上肢機能障害につき五〇パーセント、カウザルギーにつき四二パーセントとなるが、これらは同一事故により二種以上の後遺障害が生じた場合に当たるから、被告は原告に対し、これらを合計した九二パーセントに相当する後遺障害保険金三五八八万円の支払義務を負ったものであるところ、内金二六五二万円の支払をしたから、これを控除した残額の九三六万円を支払うべき義務がある。

6  遅延損害金の起算日

(一) 前記3(一)(1)のとおり、被告は、被害の日から一八一日目に原告から後遺障害保険金の支払請求があったものとして、原告に対し右一八一日目の三〇日経過後(昭和五九年五月三〇日)から遅延損害金を付加して支払う旨約していたから、右同日から遅延損害金を支払うべき義務がある。

(二) 仮に、右合意が成立していないとしても、被告は、本件保険契約に基づいて、後遺障害保険金の支払請求を受けた日から三〇日以内に同保険金を支払うべき義務を負っていたものであるから、原告が後遺障害保険金の支払請求手続をした昭和六〇年二月二二日から三〇日経過後の同年三月二四日から遅延損害金を支払うべき義務がある。

7  よって、原告は被告に対し、(1)第一次的に、未払の後遺障害保険金九三六万円と既払の後遺障害保険金二六五二万円に対する昭和五九年五月三〇日から昭和六一年五月一四日(右二六五二万円が支払われた日)まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金三一一万七〇〇八円との合計一二四七万七〇〇八円及び右九三六万円に対する昭和五九年五月三〇日から支払済みまで右年六分の割合による遅延損害金の支払を求め、(二)第二次的に、右九三六万円と右二六五二万円に対する前示昭和六〇年三月二四日から昭和六一年五月一三日までの前同様年六分の割合による遅延損害金一八一万円三五三二円との合計一一一七万三五三二円及び九三六万円に対する昭和六〇年三月二四日から支払済みまで右年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(保険契約の締結とその内容)の各事実はいずれも認める。

2  同2(保険事故の発生と治療経過)の事実中、本件保険契約の保険期間中である昭和五八年一〇月三一日、原告が本件交通事故により傷害を受けたことは認めるが、その余は不知。

3  同3(後遺障害存否の判断時期)の事実について

(一) 同3(一)の事実はいずれも否認する。

原告は、原告と被告との間で、症状が固定した後の後遺障害の内容・程度に基づいて被告が原告に対し後遺障害保険金を支払う旨の合意が成立したと主張するが、そのような事実はないから、本件保険契約の内容に従って、原告が被害を受けた日から一七九日目の医師の診断に基づいてその後遺障害の内容・程度を判断すれば足りるものである。

(二) 同3(二)の事実中、被告が本件約款に基づいて、原告が被害を受けた日から一七九日目の医師の診断に基づきその後遺障害の程度を決定し、後遺障害保険金を支払うべき義務を負っていたものであることは認めるが、その余は否認ないし争う。

原告が被害を受けた日から一七九日目の医師の診断では、原告にカウザルギーの後遺障害はなかったから、本件保険契約の填補の対象となるのは左上肢の機能障害のみであって、カウザルギーはその対象にならないものである。

4  同4(後遺障害の内容・程度とこれについての填補率)の事実について

(一) 同4(一)の事実中、昭和六一年五月一四日に被告が原告に対し後遺障害保険金二六五二万円を支払ったこと、別件訴訟において原告主張のような鑑定結果が出されたことは認めるが、その余は否認ないし争う。

原告が被告に対し後遺障害保険金の支払請求手続をしたのは昭和六〇年四月一〇日であり、それ以前に後遺障害保険金の支払請求はなかった。また、原告は、昭和六一年四月二二日に被告との間で、(1)カウザルギーについては填補率を四二パーセントとして確定する、(2)左上肢機能障害については暫定的填補率を二六パーセントとするが、後日鑑定人が右暫定的填補率を上回る数字を提示するか、又は別件訴訟において右暫定的填補率を上回る鑑定結果が出されたときには、これに従って改めて填補率を確定して、被告が原告に対して不足額を支払う旨の合意が成立したと主張するが、右時点において原告と被告との間に成立した合意は、原告の後遺障害全般について暫定的な填補率を定めたものにすぎない。

(二) 同4(二)の事実はいずれも否認ないし争う。

仮に、原告にカウザルギーの後遺障害が残存していたとしても、原告のカウザルギーと左上肢機能障害とは一つの後遺障害が観察の方法によって二種に分けられるにすぎないものであるから、原告に二種の後遺障害があるとはいえず、したがって、両者を総合して填補率を定めれば足りるものであり、その場合、原告の後遺障害に対する填補率が六八パーセントを超えることはないものというべきである。

5  同5(填補率の加算)の事実はいずれも否認ないし争う。

仮に、原告のカウザルギーと左上肢機能障害とが二種の後遺障害になるとしても、カウザルギーによる原告の障害の程度は極めて軽度であって独立して本件保険契約による填補の対象となるものではなく、また、仮に、カウザルギー自体も独立して本件保険契約による填補の対象になるとしても、この場合は、一つの後遺障害たる左上肢の機能障害に他の後遺障害たるカウザルギーが通常派生する関係にあり、既に主たる後遺障害において通常派生する関係にある後遺障害が評価されているため、それぞれの填補率を加算することはせず、左上肢の機能障害の填補率により後遺障害保険金を支払えば足りるものである。

また、仮に、それぞれの填補率を加算するとしても、カウザルギーと機能障害はいずれも左上肢に残存する後遺障害であるから、これらに対する後遺障害保険金は保険金額の六〇パーセントを限度とするものである。

6  同6(遅延損害金の起算日)の事実はいずれも否認ないし争う。

三  抗弁(遅延損害金の起算日について)

被告は、次に述べる特別な事情により、後遺障害保険金の支払請求を受けた日から三〇日以内に必要な調査を終えることができなかったものであり、同調査を終えた後遅滞なく昭和六一年五月一四日に原告に対し後遺障害保険金を支払ったものであるから、遅延損害金の起算日に関する原告の主張は失当である。すなわち、前記のとおり、被告は昭和六〇年四月一〇日に原告から後遺障害保険金の支払請求を受けたものであるが、その際に原告から提出された医師の診断書には左上肢の機能障害に関する記載がなされていたのみであったため、被告は同年四月二二日原告に対し填補率一五パーセントの割合による後遺障害保険金の支払を提示した。しかるに、原告がこれに納得せず、同年五月二九日に至ってカウザルギー様症状の記載のある診断書を提出したため、被告は同症状の内容・程度に関する調査を行いつつ、これと並行して原告と填補率に関する交渉を継続することとし、右同日先に提示した一五パーセントを三六パーセントに引き上げ、同年六月二一日には更にこれを五〇パーセントに引き上げて原告に提示しその同意を求めた。しかしながら、原告が右提示をも拒絶し、その後の交渉も一向に進展しなかったため、被告は別件訴訟において出される予定となっていた鑑定結果を待って填補率を確定することとし、昭和六一年四月二二日に原告との間で暫定的填補率に関する前記合意をするに至ったものである。

したがって、このような経緯に照らせば、被告は原告の後遺障害の内容・程度について調査を継続する必要があって、特別な事情により後遺障害保険金の支払請求を受けた日から三〇日以内に同保険金を支払うことができなかったものである。

四  抗弁に対する認否

抗弁の主張は争う。

仮に、被告が原告の後遺障害の内容・程度について調査を継続する必要があったとしても、必要な調査の名のもとに保険金の支払を引き延ばすことは許されないから、右調査は相当な期間内に行われるべきものであり、相当期間経過後は調査を終えることができない場合であっても遅延損害金を支払うべき義務があるものというべきである。

第三証拠《省略》

理由

一1  請求原因1(保険契約の締結とその内容)の事実は当事者間に争いがなく、また、同2(保険事故の発生と治療経過)の事実中本件保険契約の保険期間中である昭和五八年一〇月三一日に原告が本件交通事故により傷害を受けたことも当事者間に争いがない。

2  《証拠省略》を総合すると、本件交通事故後の原告の治療経過等は次のとおりであると認めることができ、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  原告は、本件交通事故の当日(昭和五八年一〇月三一日)直ちに徳山病院に搬送されて入院したが、当初より身体各所の疼痛、とりわけ左上肢、後頭部等の疼痛を強く訴えていた。原告は、同病院において、頭部外傷Ⅱ型及び全身打撲と診断され、前記疼痛を和らげるため消炎鎮痛剤等の投与を受けたが、左肩から左上肢にかけて強度の疼痛が持続し、また、同病院には脳外科を専門とする医師がいなかったため、翌一一月一日徳山中央病院に転医し、同病院に入院後も左肩から左上肢にかけての疼痛とともに左上肢の運動障害を頻繁に訴えていたが、同病院では左腕神経叢損傷と診断され、消炎鎮痛剤の投与、温罨療法(ホットパック)等を受けたほか、カイロを使用したりマッサージを受けたりして治療を継続した。また、この間、X線写真の撮影により右側眼窩壁に骨折が認められたため、これに対する整復手術を受けたが、左肩から左上肢にかけての疼痛は入院期間中を通じてほとんど改善せず、昭和五九年一月七日俵山病院の紹介を受けて徳山中央病院を退院した。次いで、原告は、同月九日から同月三一日まで一時高取整形外科医院に通院した後、同年二月一日から前記俵山病院に入院し、左上肢全体の疼痛の緩和、左上肢の運動障害の改善等を目的として、消炎鎮痛剤の投与、パラフィン浴、低周波治療等の治療を受けたが、はかばかしい治療効果が得られないまま同年三月一三日退院し、以後同年六月一一日ころまで外来通院で薬の投与を受けながら温泉治療を継続した。

なお、同病院において原告を診察した斎木勝彦医師の昭和六〇年三月一四日付診断書には、昭和五九年四月二六日ころの原告の症状として、左上腕神経叢損傷による左肩関節の自動運動不能、左肘関節の屈曲不能、左肩関節周囲筋及び上腕二頭筋の萎縮著明、左第五・六頚神経の完全麻痺とともに、左上肢全体にピリピリ感を伴う異常知覚がある旨記載されている。

(二)  原告は、右のように種々の治療を受けたにもかかわらず、左肩甲帯から左手指にかけての持続的疼痛がなかなか改善しないので、山口大学病院において診察を受けることとし、昭和五九年四月二七日に外来として診察を受けた後、同年六月二一日に入院し、同月二五日からは整形外科で低周波治療、他動運動による運動療法等の治療を受けていたが、同年七月一〇日頚椎ミエログラフィー検査の結果、第五・第六頚椎の領域に外傷性髄液瘤が認められたため、頚部神経根引き抜き損傷と診断されて医師から機能再建術を受けるように勧められた。しかしながら、原告は、手術を受けることを希望しなかったので同月二〇日に同病院を退院し、同年九月一二日まで再び前記俵山病院に通院して前同様の治療を受けた後、同年一〇月一日から京都リハビリ病院に入院し、頚部神経根引き抜き損傷との診断のもとに理学療法、作業療法等による治療を受けた。その結果、原告の左上肢及び左肩全体にわたる疼痛はかなり軽減し、鎮痛剤及び精神安定剤等の投与により夜間でもほぼ正常に近い睡眠をとれるまでに改善したが、第五・第六頚椎に係る神経領域の支配する筋群(棘上筋、三角筋、上腕二頭筋等)の選択的弛緩性麻痺及び筋萎縮については改善がなく、左上肢運動障害(肩関節、肘関節及び手関節の機能障害)と痛みを残して昭和六〇年二月一六日症状が固定した旨診断された。

右に認定した事実によると、原告は、本件交通事故により本件傷害を受け、昭和五八年一〇月三一日から一八〇日を超える治療を要したものと認めることができる。

二  次に請求原因3(後遺障害存否の判断時期)について判断する。

1  《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。《証拠判断省略》

(一)  原告は、前示のように、昭和六〇年二月一六日京都リハビリ病院において症状が固定した旨の診断を受けたので、同年二月二二日付で後遺障害保険金請求書を作成した上、これに俵山病院の斎木勝彦医師作成に係る同年三月一四日付け診断書及び京都リハビリ病院の森宗勸医師作成に係る同年二月一九日付後遺障害診断書を添付して、同年四月一〇日被告広島支店徳山営業所の小山に対し後遺障害保険金の支払請求手続をした(なお、交通事故証明書及び傷害状況報告書は、先に被告に対し医療保険金の支払請求をした際に提出してあったため、改めて提出することはしなかった。)。

(二)  被告の広島支店内務課長であった渡辺浄(以下「渡辺」という。)は、右二通の診断書のうち、主に森宗勸医師作成に係る診断書に記載された左上肢の運動可動域に関する数値を検討し、肩、肘、手の三関節にそれぞれ機能の障害を残したものとして填補率を一五パーセントとするのが相当であると考え、昭和六〇年四月二二日ころ原告に対しその旨提示したが、この提示に対して原告は、左上肢の機能障害の程度に照らすと填補率一五パーセントは不当に低い数値であり、また、疼痛に対する評価が全くされていないと不満を述べた。そこで小山及び渡辺は、前記診断書に基づいて原告の後遺障害の内容・程度を再検討することとし、機能障害については肩関節と肘関節に著しい障害を残すとともに手関節に障害を残したものとして填補率二六パーセントとし、また、疼痛については局部に頑固な神経症状を残したものとして填補率一〇パーセントと評価して、同年五月二九日ころ原告に対しこれらを加算した三六パーセントの提示をした。しかしながら、原告はこの提示にも納得せず、前記後遺障害診断書の作成者である森宗勸医師作成のより詳細な診断書とともに山口大学病院における頚椎ミエログラフィー検査に関する資料を示してこれらを検討するよう申し入れたので、渡辺らは、これらの資料をもとに更に検討を進め、肩関節と肘関節の用を廃するとともに手関節の機能に障害を残したものとして、同年六月二一日ころ原告に対し填補率五〇パーセントの提示をした。

(三)  原告は、被告の右提示を不服として、本件保険契約の内容をなす本件約款の規定に従い後遺障害の内容・程度に対する判断を鑑定人の裁定に委ねることとし、昭和六〇年六月二六日ころ被告に対し弁護士中坪清を原告側の鑑定人に選任する旨通知したところ、被告もこれに応じて弁護士新谷昭治(以下「新谷」という。)を被告側の鑑定人に選任した。新谷は、渡辺らから提供された前記資料をもとに原告の後遺障害の内容を左上肢の機能障害とカウザルギーととらえた上で、これらは頚部神経根引き抜き損傷を原因として通常派生する関係にあり、労災保険の障害認定基準に従っていずれか障害等級の重い方の填補率を定めれば足りるとの基本的な考えから、原告の後遺障害の内容・程度を総合すると、その填補率を四二パーセントとするのが相当であると判断し、同年九月二日ころ原告に対してその旨提示したが、これに対して原告は、同月一一日ころ、左上肢の機能障害についての填補率は五九パーセントとするのが相当であり、また、カウザルギーについての填補率は四二パーセントとするのが相当であるから、後遺障害全部では一〇〇パーセントとすべきであると新谷に申し入れ、さらに同年一〇月二一日には、鑑定人の意見が一致しないのでこの際本件約款の規定に従って裁定人を選任し、裁定人の裁定に従いたいと申し入れてきた。

(四)  新谷は、前示のように被告側の鑑定人に選任されていたが、これと同時に従前から被告を当事者とする損害賠償請求訴訟等において被告の代理人を務める地位にもあった。そこで新谷は、昭和六〇年一〇月二二日付回答書をもって原告に対し、(1)被告側鑑定人の立場において、①機能障害とカウザルギーとは、一つの後遺障害が観察の方法によって分けられるにすぎないか、又は頚部神経根引き抜き損傷を原因として通常派生する関係にあり、二種の後遺障害といえないのではないか、②二種の後遺障害になるとしても、一上肢に生じた後遺障害として填補率六〇パーセントが限度となるのではないか等の問題のあることを留保しつつ、機能障害につき填補率を二六パーセント、カウザルギーにつき填補率を四二パーセントと評価し、これらを加算した六八パーセントの提示を行うとともに、(2)被告代理人の立場において、右提示に不服のある場合には、裁定人を選任しても争いを残す可能性があるのでこの際訴訟を提起してほしいとの回答をした。

(五)  原告は、その後昭和六〇年一一月一四日に至って中坪清を解任し、新たに恵一郎を原告側の鑑定人として選任する旨渡辺に通知してきた。渡辺らは、前示のように新谷を被告側の鑑定人に選任する一方で、同年一〇月ころ被告の本社に対し原告の後遺障害に対する填補率をどのように定めるべきかについて照会していたが、同月二九日ころ被告の顧問弁護士赤坂軍治からこれに対する意見書を受け取り、これによってカウザルギー症状に対する基本的な知識を得るとともに、原告の主張するカウザルギー様症状をより正確に把握するため原告の受傷直後からの医療記録を詳細に検討する必要がある旨の示唆を受けた。そこで新谷は、赤坂の右意見に従いすべての医療記録を検討した上で再度原告の後遺障害の内容・程度を評価しなおすこととし、同年一一月二九日ころ原告に対しその旨通知したが、これに対して原告は、新谷が再鑑定することには異議を述べなかったものの、保険金請求後かなりの期間を経過しているので同年一二月一四日までには再鑑定結果を出すように要求してきた。

(六)  新谷は、右方針に従い原告の医療記録を取り寄せてその検討を開始したが、カルテの翻訳等にもかなりの時間を費やし、原告から至急再鑑定結果を出すように要求されていながら結論を出すまでにはなお相当の期間を要するものと思われたので、この際原告の後遺障害の内容・程度に関する別件訴訟の鑑定結果を尊重することとして今後の交渉を進める方が本件紛争の迅速な解決につながるものと考えた。そこで新谷は、昭和六一年三月九日ころ原告に対し、別件訴訟における鑑定結果の尊重を主な内容とする提案をしたが、原告も基本的にはこの提案に賛成であったため、以後原告と被告との間で新谷の右提案を基本に交渉が続けられ、同年四月二二日原告側からは原告代理人の恵一郎が出席し、被告側からは本社損害査定部長の小澤一郎、広島支店長の福田貴之及び渡辺の三名が出席して最終的な協議が行われた。そして、右協議の結果、原告と被告の間に合意書が作成されたが、右合意書には、(1)昭和六〇年一〇月二二日付の被告の原告に対する回答書にある傷害保険填補率をもって暫定填補率とする、(2)一上肢の機能障害について鑑定人より前出(1)の填補率を上回る数字が提示されるか、若しくは原告の民事裁判での鑑定結果が出された場合には、被告、原告合意の上傷害保険填補率を確定させる、(3)(ア)前出(1)による暫定保険金を被告は昭和六一年五月一五日までに原告に支払う、(イ)前出(2)による結果原告の受領分に不足が生じた場合、その不足分を被告は原告に対し支払う、と記載されている。

2  右に認定した事実によると、原告は、被告に対し後遺障害保険金の支払請求をした当初から、昭和五九年四月二六日ころの原告の症状を記載した斎木勝彦医師の診断書とともに症状固定の診断をした森宗勸医師の後遺障害診断書を提出して、症状固定後の後遺障害を前提に後遺障害保険金の支払を求めていたものと認められるところ、他方の被告も、受傷の日から一七九日目ころの原告の症状を記載した前記斎木勝彦医師の診断書を入手していながら、昭和六一年四月二二日に前記合意書を作成するに至るまで、本件約款の規定に従い受傷の日から一七九日目の医師の診断に基づいて原告に残存する後遺障害の内容・程度をその蓋然性で判断していた形跡はなく、症状固定後の後遺障害の内容・程度に基づいて判断した填補率を原告に対し提示していたものと認められる。

したがって、このような経緯に照らせば、原告の代理権を有する恵一郎と被告の代理権を有する広島支店長福田貴之らの間で前記合意書が作成された昭和六一年四月二二日の時点では、原告と被告の間に、症状固定後の後遺障害の内容・程度に基づいて填補率を定め、これに従って後遺障害保険金を支払う旨の黙示の合意が作成したものと認めることができ、右合意により請求原因1(二)(5)に記載した本件約款の規定は排除されたものというべきである。

三  そこで、進んで請求原因4(後遺障害の内容・程度とこれについての填補率)について検討する。

1  原告は、昭和六一年四月二二日に被告との間で、(一)カウザルギーについては填補率を四二パーセントとして確定する、(二)左上肢機能障害については暫定的填補率を二六パーセントとするが、後日鑑定人が右暫定的填補率を上回る数字を提示するか、又は別件訴訟において右暫定的填補率を上回る鑑定結果が出されたときには、これに従って改めて填補率を確定して、被告が原告に対して不足額を支払う旨の合意が成立したから、カウザルギーについての填補率は確定していると主張するが、前記合意書の文言に照らせば、右同日原告と被告との間で成立した合意の内容は、原告の後遺障害全般について暫定的な填補率を定めたにすぎないものというべきであって、右合意によっては、左上肢機能障害の填補率はもとより、カウザルギーの填補率も確定していないものというべきであるから、原告の請求原因4(一)の主張は採用することができない。

2  そこで、以下においては、請求原因4(二)について、すなわち、症状固定後の原告の後遺障害の内容・程度を判断した上で、本件保険契約の内容をなす本件約款の規定に従って原告に二種の後遺障害が生じたか否かを判断し、これについての填補率を検討することとする。

(一)  《証拠省略》を総合すると、症状固定後の原告の後遺障害の内容・程度等は次のとおりであると認めることができる。《証拠判断省略》

(1) 前示のように、原告は、京都リハビリ病院で治療を受けた結果、昭和六〇年二月一六日に症状が固定した旨診断されたものであるが、同病院で原告を診察した森宗勸医師の同月一九日付後遺障害診断書には、(ア)主訴又は自覚症状として、左上肢運動障害と痛み、(イ)他覚症状及び検査結果として、左上肢近位筋優位の筋萎縮、脱力、左上肢神経根痛、左上肢腱反射低下、脳波・CT異常なしとそれぞれ記載されており、(ウ)左上肢の機能障害の程度として、各関節の運動可動域の測定値が次のとおり記載されている。すなわち、肩関節については、屈曲が五〇度と一四〇度(自動と他動の順、以下同じ)、伸展が二〇度と四〇度、内旋が三〇度と九〇度、外旋が三〇度と六〇度、外転が三〇度と一六五度、肘関節については、屈曲が二〇度と一一〇度、回外が〇度と九〇度、回内が九〇度と九〇度、手関節については、背屈が六〇度と八〇度、掌屈が五〇度と七五度等である。また、森宗勸医師作成のより詳細な診断書には、(ア)病態として、①左側第五・第六神経根(主として前根)損傷による当該神経支配領域筋群の選択的弛緩性麻痺及び筋萎縮(近位筋、特三角筋、上腕二頭筋に著明)がある、②左肩及び左上肢全体にわたる持続的激痛は、特殊な中枢性向神経薬の常用が不可欠の程度であるが、肩・上肢全般の浮腫及び上腕骨の萎縮等の栄養(自律神経)障害を伴っており、末梢神経幹損傷の際の「カウザルギー」の病態と一致ないし同様の病態と認めうる等と記載され、(2)経過・予後として、京都リハビリ病院入院時(昭和五九年一〇月一日)既に受傷後一一か月を経過しており、昭和六〇年一月二八日退院までの約三か月間集中的に理学・作業療法を本人の意欲的な受療態度のもとに実施したが、病態①の他覚的改善は認めえなかった、同②については向神経・精神薬投与により夜間ほぼ正常に近い睡眠がとれるまでに軽減したが、今後も右の薬物投与による対症療法の継続が必要である旨記載されている。

(2) 原告は、京都リハビリ病院を退院後も、左肩から左上肢にかけての疼痛を訴えて高取整形外科医院に通院し、右疼痛を抑えるための精神安定剤、鎮痛剤等の投与を受けていたが、昭和六〇年末ころにはこれらの投与を受ける回数も少なくなり、このころから自ら自転車に乗って将棋を指しに行くこともできるようになった。

(3) カウザルギーは、末梢神経幹の損傷等により起こる特異な灼かれるような痛みを主症状とし、循環、発汗、骨組織の異常等一連の自律神経障害を伴う症候群であるが、その一般的症状の詳細は次のとおりである。すなわち、外傷直後又は数日後に火傷のような激烈な疼痛が起こり、この疼痛は神経の正確な支配域を超え神経損傷部位の上にまで及ぶ。疼痛は皮膚の乾燥により甚だしくなり、微温湯に浸すと一過性に軽減するが、ささいな刺激により増悪し、精神感動によっても激しい疼痛発作を起こす。その結果、患者は不眠に陥り、ときに精神異常を来すこともある。皮膚は、光沢を増し皺が少なく緊張したようにみえ、健側に比して温かく湿っぽい。また、発汗過多や爪、毛髪等の発生異常がみられることもあり、受傷してから数週間後にはX線像で急性骨萎縮が認められる。

(4) 別件訴訟において症状固定後の原告の後遺障害の内容・程度を検討した医師富重守によると、原告の左上肢各関節の運動可動域は、症状固定後の経過をみても、ほぼ森宗勸医師作成の昭和六〇年二月一九日付後遺障害診断書に記載されたとおりであり、肩関節及び肘関節の用を廃し、手関節の機能に障害を残したものといえるが、高取整形外科医院の診断書等その後の医療記録を検討すると、疼痛を抑えるための精神安定剤、鎮痛剤等の投与が減少していることから、カウザルギーによる疼痛の程度は受傷直後に比してかなり軽減しているものと推測され、また、受傷直後には患者が激しい痛みを訴えていた場合でも、受傷後一〇年も経過すると痛みが軽減しているという症例も少なからず存在することから、原告の疼痛についても今後消失ないし軽減する可能性があるものと推測されている。

(二)  右認定の事実によれば、原告には症状固定後の後遺障害として、(1)左上肢の肩関節及び肘関節の用廃並びに手関節の機能障害(以下「本件左上肢機能障害」という。)と、(2)左肩から左上肢にかけてのカウザルギー(疼痛、以下「本件カウザルギー」という。)とが存しているものというべきである。

(三)  原告は、右二つの後遺障害の発現は本件約款にいう「二種以上の後遺障害が生じた場合」に当たると主張しているので、以下この点について判断する。

(1) 本件保険契約の内容をなす本件約款においては、前示のとおり、(ア)別表各号に掲げられた後遺障害については、保険金額に填補率を乗じて後遺障害保険金を支払い(交通傷害保険約款五条一項、積立傷害保険約款一一条一項)、(イ)別表各号に掲げられていない後遺障害については、身体の障害の程度に応じ、かつ、別表各号の区分に準じて後遺障害保険金を支払うものとし(交通傷害保険約款五条二項、積立傷害保険約款一一条二項)、(ウ)同一事故により二種以上の後遺障害が生じた場合には、その各々に対し右(ア)、(イ)を適用し、その合計額を支払うものとする(交通傷害保険約款五条三項、積立傷害保険約款一一条三項)旨定められているところ(この定めを以下「単純加算方式」という。)、別表各号における後遺障害の分類の仕方及びこれらに対する填補率の定め方に照らすと、別表各号の規定は、労災保険障害等級表における身体障害の系列及び序列をもとにして、同表の一級に該当する後遺障害についての補償日数一三四〇日を一〇〇パーセントとし、各等級の補償日数にほぼ対応した百分率を当該等級に該当する後遺障害の填補率としたものということができ、また、別表各号に掲げられていない後遺障害に関する交通傷害保険約款五条二項及び積立傷害保険約款一一条二項の規定も、労災保険障害等級表に掲げられていない身体障害に関する労災保険規則一四条四項の規定とその文言がほぼ同じであって、同規定を参考にして定められていることが明らかである。ただ、労災保険規則においては、労災保険障害等級表に掲げる身体障害が二以上ある場合には、重い方の身体障害の該当する障害等級によるか(同規則一四条二項)又は一定の方法により等級を繰り上げて当該身体障害の等級とするものとされている(同規則一四条三項)(以下同規則一四条二項及び三項所定の障害等級の定め方を併せて「併合」という。)のに対し、本件約款においては、二種以上の後遺障害が生じた場合について、障害保険の商品性を高め、かつ、約款の単純化を図るため、各障害につき前記(ア)、(イ)を適用し、その合計額を支払うという単純加算方式がとられており、この点で両者は大きく異なっているものである。

このように、後遺障害保険金額の決定の仕方に関する本件約款の規定は、労災保険規則における併合の取扱を排除している点で独自性を有しているが、基本的には労災保険規則の規定を参考にして定められているものであることに照らせば、本件約款の各規定については、前示のような独自性に抵触しない限り、労災保険規則の各規定と同様な解釈をするのが相当である。

(2) そこで、このような見地から本件約款のもとでの填補率算定の方法を検討することとする。

本件約款のもとでは、二種以上の後遺障害が生じた場合には、その各々に対し前記(1)(ア)、(イ)を適用するものとされているので、二種以上の後遺障害が生じた場合に当たるか否かをまず判断する必要があるが、本件約款と労災保険規則の前示のような関係に照らせば、二種以上の後遺障害が生じた場合とは、労災保険規則一四条二項所定の「身体障害が二以上ある場合」と同様、系列を異にする後遺障害が二以上生じた場合、すなわち、別紙(2)障害系列表(以下「障害系列表」という。)の系列区分を異にする二以上の身体障害が生じた場合と解するのが相当であり、この場合には各系列の後遺障害ごとにそれぞれの填補率を算定した上でこれらを加算すべきものである。

なお、労災保険規則一四条二項、三項については、一つの障害が観察の方法によっては労災保険障害等級表上の二以上の等級に該当すると考えられるが、一つの身体障害を複数の観点(系列)で評価しているにすぎない場合、あるいは一つの身体障害に他の身体障害が通常派生する関係にある場合には、いずれも併合の方法を用いることなく、いずれか上位の等級をもって当該障害の等級とするものと解するのが相当であるが、本件約款の文理上は、右の各場合に、労災保険規則における右解釈と同様、いずれか高い方の填補率をもって当該障害の填補率とするとの解釈と、ある系列に該当するとの評価が当然に他の系列に該当するとの評価を排除するものでない限り、系列を異にする二以上の後遺障害が生じた場合としてそれぞれの填補率を加算するとの解釈とがいずれも論理的に可能である。しかしながら、このように複数の解釈可能性のある文言が約款において使用されている場合には、当該文言を使用した当事者、すなわち約款作成者の不利に解釈するのが当事者間の公平に適うものといえるうえ、前示のように本件約款において単純加算方式がとられたのが傷害保険の商品性を高め、かつ、約款の単純化を図ることにあったことに鑑みると、本件約款の解釈としては、右の各場合であっても、ある系列に該当するとの評価が当然に他の系列に該当するとの評価を排除するものでない限り、系列を異にする二以上の後遺障害が生じた場合としてそれぞれの填補率を加算するのが相当である。

そして、系列を異にする後遺障害が二以上生じた場合における右各後遺障害に対する填補率は、本件約款と労災保険規則の前示のような関係に照らすと、以下の方法に従って算出するのが本件約款の合理的な解釈というべきである。すなわち、(ア)当該後遺障害が、①別表各号の一つに該当する場合には、当該各号に定められた填補率に従い、②別表各号の二以上に該当する場合には、別表各号の序列と論理的に矛盾しない限り、該当する各号ごとに定められた填補率を加算して当該後遺障害に対する填補率とし、(イ)当該後遺障害が右(ア)①、②のいずれにも該当しない場合には、労災保険規則一四条四項における「障害の程度に応じ、労災保険障害等級表に掲げる身体障害の程度に準じ」た等級の定め方(これを「準用」といい、この方法により定められた等級を「準用等級」という。)と同様、①当該後遺障害がいかなる障害の系列にも属さないときには、その障害が最も近似している系列の障害における労働能力の喪失の程度に相当する等級を準用し、②当該後遺障害がある障害の系列には属するが、同一系列に属する二以上の後遺障害をその内容としているため該当する障害がないときには、二以上の後遺障害につきそれぞれの等級を定めてこれらを併合するなどの方法で、それぞれ準用等級を定めた上、労災保険障害等級表の一級に該当する後遺障害についての補償日数一三四〇日を一〇〇パーセントとし、右準用等級の補償日数に対応した百分率を当該後遺障害の填補率とするのが相当である。

(3) 原告は、原告被告双方の意思ないし期待に照らせば、本件保険契約の締結にあたっては、別表に掲げられていない後遺障害の認定について手引を基準にすることが黙示的に合意されていた旨主張するが、本件全証拠をもってしても右合意の成立を認めるに足りる事実関係はこれを認めることができないから、原告の右主張は採用することができない。

(四)  以下、右の方法に従って原告の後遺障害についての填補率を算出することとする。

(1) 本件左上肢機能障害は障害系列表の系列区分21の上肢・左・機能障害に、また、本件カウザルギーは同表の系列区分13の神経系統の機能又は精神・神経系統の機能又は精神の障害に、それぞれ該当するものと認められ、かつ、右は、一つの後遺障害が観察の方法によって二つの系列区分に分けられるにすぎないものではないから、本件左上肢機能障害と本件カウザルギーの発現は「二種以上の後遺障害が生じた場合」に当たるものというべきである。

(2) 本件左上肢機能障害は、前示認定の障害程度に照らし、別表7項2号に該当するものというべきであるから、その填補率は五〇パーセントとなる。

(3) 次に、本件カウザルギーについてであるが、これが別表各号のいずれにも該当しないことは原告主張のとおりである。

そこで、右の填補率の決定方法は、準用の方法を用いて労災保険障害等級表上の準用等級を定めた上、同表の一級に該当する後遺障害についての補償日数一三四〇日を一〇〇パーセントとし、右準用等級の補償日数に対応した百分率をもってその填補率とするのが相当であるところ、前示認定の原告の障害の程度、すなわち、本件カウザルギーによる疼痛の程度は受傷直後に比してかなり軽減しており、原告は自ら自転車に乗って将棋を指しに行くこともできるようになっていること等に照らすと、同表の一二級一二号(局部に頑固な神経症状を残すもの)を準用等級とした上で、右一二級の補償日数一四〇日に対応する百分率の一〇パーセントをもってその填補率とするのが相当である。

四  請求原因5(填補率の加算)について判断する。

1  右のとおり、原告の後遺障害については、本件左上肢機能障害についての填補率を五〇パーセントとし、本件カウザルギーについての填補率を一〇パーセントとして、これらを加算するのが相当である。

この点につき、被告は、(一)仮に原告に二種の後遺障害があるとしても、本件カウザルギーによる障害の程度は極めて軽度であって独立して本件保険契約による填補の対象となるものではなく、また、(二)仮に本件カウザルギーが独立して本件保険契約による填補の対象となるとしても、この場合には、一つの後遺障害である左上肢機能障害に他の後遺障害であるカウザルギーが通常派生する関係にあるから、本件左上肢機能障害の填補率により後遺障害保険金を支払えば足りるものである旨主張している。

しかし、まず、前認定のとおり、本件カウザルギーは準用等級一二級に該当するものであって、決して軽度のものとはいえないから、被告の右(一)の主張は採用することができない。

また、カウザルギーが左上肢機能障害に通常派生して生じるものであることは、本件全証拠をもってしてもこれを認めることができないから、被告の前記(二)の主張も採用することができない。

2  右に説示したとおり、原告の後遺障害についての填補率は合計六〇パーセントとなるから、被告は原告に対し、後遺障害保険金として保険金額(合計三九〇〇万円)の六〇パーセントに相当する二三四〇万円を支払うべき義務を負っていたものというべきところ、昭和六一年五月一四日に被告が原告に対して右後遺障害保険金として二六五二万円を支払ったことは当事者間に争いがないから、もはや被告は原告に対して後遺障害保険金の支払義務を負わないものというべきである。

五  最後に、請求原因6(遅延損害金の起算日)について判断する。

1  原告はまず、被告は、被害の日から一八一日目に原告から後遺障害保険金の支払請求手続があったものとして、原告に対し右一八一日目の三〇日経過後(昭和五九年五月三〇日)から遅延損害金を付加して支払う旨約したと主張するが、本件全証拠をもってしても、被告が右約束をしたとの事実を認めるに足りる証拠はないから、原告の右主張は採用することができない。

2  本件約款においては、(一)保険者は、被保険者又は保険金を受け取るべき者が保険金請求の手続をした日から三〇日以内に保険金を支払う、(二)保険者が特別な事情により右期間内に必要な調査を終えることができないときは、これを終えた後、遅滞なく保険金を支払う旨定められているところ(交通傷害保険約款二一条、積立傷害保険約款二九条)、原告が被告に対し後遺障害保険金の支払請求手続をしたのは昭和六〇年四月一〇日であり、被告が原告に対し後遺障害保険金として二六五二万円を支払ったのは右(一)の期間を経過した昭和六一年五月一四日であることは前示のとおりである。

ところで、仮に、原告が右保険金請求の手続をした昭和六〇年四月一〇日から三〇日経過後の同年五月一一日に、被告が後遺障害保険金の支払につき遅滞に陥ったものと考えたとしても、被告が原告に対して支払うべきであった前記二三四〇万円に対する右同日から昭和六一年五月一四日まで(三六九日間)の商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の額は、一四一万九三八六円にすぎず、右二三四〇万円にこれを加算してもその合計は二四八一万九三八六円にとどまるものである。したがって、既に二六五二万円を支払っている以上、被告が原告に対して遅延損害金の支払義務を負うことはないものというべきである。

六  以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 原田敏章 石原稚也 裁判長裁判官柴田保幸は転補のため署名押印することができない。裁判官 原田敏章)

〈以下省略〉

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